人気ブログランキング | 話題のタグを見る

かすかでそしてほのかな匂いの感触は僅かであるが感じていた。
それは天気予報が正解であったのであり、やはり降るべくして降り出したのであろうか。

昼間、外出時には青い青空と真っ赤な太陽が力強く共演していたのにも係わらず
夕方宵の口よりいよいよ雨は落ちてきた。

傘は持ってきたな。

徒歩通勤の私にとって、これから帰宅する身には必ず必要なものである。
いくら暖冬とは言っても濡れて帰るには、その雨の冷たさには耐えれないであろう。

夜の雨がアスファルトの道を打ち鳴らす。
道路を走る車からは水をはじく音色が時たま耳に入いる。

しかしながら、我が町工場から聞こえる様々な騒音はその雨脚を遮るが如くに
空間をなで切る。
いつからこの残業の日々は開始されたのか。
過去の事実に思いを巡らす。
しかしながら既に忘却の彼方だ。


目の瞬きを繰り返す。
まぶたの中の乾燥がひどくつい何度も強制的に瞬きを何度も繰り返す。
それも一回一回力を込め繰り返す。

涙は既に涸れたのか。
最近感情的になり、目の中の水分のしたたりを感じたことがないことに気がつく。
悲しさもそして嬉しさも。
嬉々として感じ入る時が我が身から遠くなったような寂しさを感じてしまう。


既にこの案件の為に描いた図面は100枚を越した。
もちろんこれからも書き続けなければならない。

書こうという意思は力強くそして次なるアイデアも頭を駆け巡る。
しかしながら体が動かない。
目の前に図面の画面はありありと表現されているのであり、マウスを使い
そしてキーボードを叩きさえすれば先へと進むのだ。

しかし、手が動かない。
動かそうとするが脳からの指令を一切受け付けない。

体がだるい。

能力がない自分にとってでき得る事は長時間労働だ。
どんなに疲れていようとも。
肩こりそして腰痛までが体を襲おうとも。

能率良くとかそんな要領の良いことなどできるものか。
ひたすらただひたすら没頭するのみだ。

効率の良い悪いとかお構いなしだ。
とにかくやるだけだ。
とにかく前進するだけなのだ。

常に自分自身に無理を強いる。
そんな簡単に体が壊れるはずもない。

同時に二つのことなどできるものか。
自分はそんなに優れた人間などではない。

だからこそ。長時間労働だ。
何時間働こうともちろん残業手当などあるのものか。
又、そんな金額など欲しくもない。

今ここにそして今ここで働けるだけでも幸せだ。

これからも疲れた体に鞭打ってひたすら長時間労働を続けるだけだ。
もちろん決してはかどる事はないかもしれない。
もしかすると休養を取るという方法も一つの選択かもしれない。

しかし私はそんな考えなど頭の片隅にも置いていない。

ただやるだけだ。
これからもひたすらただ働くだけだ。
それ以外は何も考えない。
ただひたすらものづくりについて頭を巡らすだけだ。


大きく深呼吸をする。
椅子から立ち上がり、事務所を自分の足でゆっくりと歩き回る。
そして再び元の位置へと戻り大きく背伸びをする。

さあっ。始めよう。
果たして体は動いてくれるか。

さあっ。ものづくりには終わりなどない。
ただこれからも没頭するだけだ。


それははかどらなくても。。。。。。
# by supermusume | 2007-02-22 19:54

ついぞ。
設計の一部をお願いした人物まで今回は成功すると言い出した。
当初は成功にはとても覚束なく、設計作業を請け負う事さえ躊躇していたはずであるのだが。

あくまでも失敗しても何の報いをも生じない。
その前提での今回は設計作業をお願いする結果となった。

しかしながら、その人物の作業も詳細設計へと進むつれどうした事か意見が変化した。
「これならかなりいけそうだ。50%程度は減る可能性も。」


注文を受け具体的に図面を書きながらも私自身も常に訂正を加えていた。
様々な人物の意見の内容を敏感に聞き耳を立て、そして脳細胞へと運び
活発に様々な考えを巡らす。

ようやく到達した内容は、至極簡単で何故今頃になってとても分かりやすい単純明快たる
結論に辿り着いたのかは不思議な心地ではある。
しかし、到達するまでの道筋には幾多の大きな壁が行く手を阻んだ。
結局のところ険しい壁を乗り越えた先は単純で至極簡単と言う結論が
待ち構えていたと言うことになる。



実際製作に携わりそして動かす立場である自分らにとって実際目の前でその
うまく稼動した姿を自分自身の体全体で感じそして腑にまで落とさないことには
決して成功とは言えない。

確かに間もなく製作は完了する。
しかし、まだまだこれから先も懸命に設計、製作は続けなければならない。
一瞬、一瞬を全神経をものづくりに捧げ一歩一歩前進せねばならない。


立場が違う周りでは既に成功した姿で物事を進めているのであり、既に次なる製作にも
かからねばならないとの事である。


確かに今回の製品が成功すれば今までの常識は覆される。
ひときわどこの企業でも悩みが大きい分野であり、今後さらにその悩みは深まる一方で
あることは容易に想像できる。

もし、その企業で試運転でも行えば即座にその製品はその企業も持ち物になり得る
であろう。
それほど画期的でありそして誰しもが喉から手が出るほど欲しがっている製品なのだ。



この前身なる機械開発時には惨憺たる苦汁を嘗め尽くした。
我が町工場自体も危うくなりかけた苦労の連続が重なった上での完成品であった。
確かにその生みの苦しみはもう二度と味わいたくはない。
どれだけ肉体的に疲れその上眠れない日々がどれほど長きに続いた事か。


しかしながら、又今回もその生みの苦しみを既に味わっている。
今回は、その苦労がさらに増すことになるのか、それともその苦渋が
光り輝くものになるのか。


それは実際動かし、物を流しそして排出されるその様子を眺める。
その排出されたその物を自分自身の掌の上に乗せ、触り、見つめそして
臭いをかぎ体全身で感じないことには安堵と言う文字は決して露わにならない。


しかし、行き着いた先はとても単純で簡単であった。
こんな結論になるととは予想だにしなかった。
理解以前に見た目で即座に判りうる至極単純極まりない構造だ。


これが成功すれば。
確かに歴史は塗り変わる。
いやこの時の流れは既に移り行く歴史の時代の流れに則ったものだろうか。


しかしながら世間への公表は慮れる。

今回の具体的内容は決して口外しないしそして巷へは露わにしないつもりだ。
もちろんホームページ、ブログでも記載しない。
既に今回の開発に携わった方々へは一切口外しない旨は伝えてある。
それこそ図面の内容など私自身を捕まえない限り判るはずもない。

徹底して秘密主義で今回は行動するつもりだ。

何故一切公表を拒むのか。
それは理由もいとも簡単だ。
もし成功すれば売らなくても売れるからである。

しかし、その意見は今回の題目通りいずれ変わるであろうか。
それは歴史だけが知っていると結論付けたい。


さあっ。これからも一心不乱にものづくりに精魂込めるつもりだ。
先ずは大きく背伸びをせねば。
しかし、昨今日中でも常に睡魔が襲う。
襲うものが男であれば他のものであって欲しいと言う切なる希望は誰しもが抱くのでは。
# by supermusume | 2007-02-21 21:01

いずれは終わるのか。
いや、決して終わりはない。
終わりがないからこそ毎日日夜ひた進むのであり、終わりがあればそれが
垣間見れた時点で恐らく止める。

それは否応なしに時間の経過そして歴史がその人物を止めさせるのでありそして
それが自分自身の判断だと決め付けさせる。

ものづくり。
果てしなく広大でもありそして針の先端がほんの僅かな空間を鋭く一直線に突き進む
如く非常に狭くそして細いものでもある。

ものづくりの進む先には必ずしや光輝くものがあるのであり、それを掴みそして自分自身の
体全体で感じ取れねばならぬ。
しかしながらその光の源すら見出す事はとても困難であるし、それを見つけるためには
惨憺なる辛苦を嘗め尽くしそして重き苦難を担がなければ前進することすら困難なようだ。

そしてその光を自分の目に受け取り、自分自身が輝いたとしてもそれが本来のものづくりの
採光であるかは自分自身の手で携わりそして行動した結果でなければ自身の腑に落ちる
はずもない。

もちろん、従来の理論そして結果はその輝きをまぶしくする存在には違いない。
ものづくりの経験、そして体験はより一層光り輝くものを手に入れる大きな手段であることは
誰しもが頷けるであろう。
その経験の中には数多の失敗、それに伴う落胆、精神的苦痛、苦労が隠されている。

しかしながら、その成功と正反対に大きくかけ離れているはずのその失敗が次なる
成功への架け橋となる可能性もあることに大きく頷ける事実であろう。
それは決して頭を下に矯めるのではなく、頭上の青く大きな清い澄んだ清々しい空を
見渡しそして大きく深呼吸ができ得る成功と言う輝きを自分自身の身へ近寄せ
その輝く光の何かしらのヒント、アドバイスが隠されている事も往々にしてある。

従来の理論を覆しそして成功させる。
しかしながらそれには体験と言うものが不可欠なはずだ。

実際に行動を起こし、自分自身の手そして足を動かし目は万欄と輝かせそして
些細な音にも聞き耳を立てる。
額には汗が滲み出、体全身でそのものづくり製品の息吹を感じる。

製品には魂がこもるのでありその一呼吸、一呼吸を裸の自分自身の実で鋭利なる
敏感さで感じ取りそして生身の腑へと落とし入れる。


さあっ。
終わりがないものづくりへの抵抗を今後も差今なくそして24時間四六時中続ける。

それは布団へと入りそして眠っていても脳の活動は絶え間なく続けているのであり
一刻たりとも休まない。

それは当然ながら自分自身へ無理を強いる事であり、精神的にも肉体的にも
苦痛を生じそして疲れだるさを生じる。
しかし、これこそが限界を超えることでありそして更なる大きな限界へと立ち向かうのだ。

甘えとは何だ。
逃げるとは何だ。
体を壊すとは何だ。


自分自身を否応なしに無理を強いなければ限界は超えられないのであり、無理をすれば
体が壊れるなど聞く耳はないし、その発言さえもとうに聞き飽きた。

無理をしないというのは、自分自身を鍛えそして成長させる事への重大で最たる
怠けでありそして怠りであるのだ。


ものづくりの発展には終わりはない。
果てしなく更なる開発への道筋を見出すため無理を強いるが決して終わりなどない。
それは人類が存在する限り当たり前と言う簡単な用語が醸し出されるだけである。

無理を強いるものづくり。
ひたすら更なる光を求めて続けていくだけだ。

それは今回の題目通りただそれだけには違いない。




しかし、眠たい。
# by supermusume | 2007-02-19 20:43

2月18日 花は濡れても。_f0094653_12194442.jpg


こちらをクリックされると次へと続きます。
# by supermusume | 2007-02-18 12:24

我が社が作った製品。
どこを捜しても他でこの製品が稼動している様子を覗う事は不可能だ。
我が社でしか製作できない製品。
試行錯誤の上、血と汗をふんだんに流しようやく出荷できた製品。

その機械が止まっている。
行かねばならない。

それはどんなに自分の体が精魂疲れ最早足を一歩踏み出すのにもわざわざ
自分自身の今現在持っているあらんばかりの気力を振り絞らねばならない状況下でも。
精神的にも、肉体的にもくたびれ自分自身の体が脳細胞の指示通りに動いてなくても。

行かねばならない。
どうやっても、地面を這い蹲っても。
衣服が裂け、裸同然になろうとも。

行かねばならない。

どんな遠方でも。

駆けつけなければならない。

我が社が作った機械が止まっているのだ。
我が社全員の愛と魂が存分に込められた機械が稼動していないのだ。


既に自分自身の体など一切顧みようなどとの想いなど消え去っている。
自分の身が限界を超え、ただ漂うように生きていようとも。

自分の体がこの世にある限り。
自分自身が自分を正確に最早把握できなくなっていようとも。

行かねばならない。
どうしても駆けつけなければならないのだ。

機械が止まっているのは我々の仲間が瀕死の重態の状態なのと同意義なのだ。

自分の身が如何なる状態になろうとも。
自分自身がここにあるのであれば。


向かわねばならない。
機械が止まっているのだ。


そして現地で機械を自分の肌で感じなければ安心の2文字が伝わって来ないのだ。


ただ感じるため。
そのためだけに。
# by supermusume | 2007-02-17 19:24
←menu